2009年8月2日日曜日

主を共に喜ぶ


キリストを中心とした同心円上の交わりにあって、同じ喜びを共有する。
互いの主にある喜びを喜び合う。

恐れることも、自分を守ることもなく。

自分から解放されて行く喜び。
主の御心が心の中心に据えられて行き、主の喜びが私たちの喜びとなって行く嬉しさ。

主の目が暖かくて、そこで喜んでおられるのをひしひしと感じる。

頭に繋がる御体の喜び。
花婿に恋する花嫁の喜び。
それに与れる幸いを感謝します。

主の恵みの働き。
自分では超えられなかったところを、十字架によって主は導いてくださった。
主の麗しさを示し、主がすべてとなってくださることで。

主が門。
主に向いていたら、いのちにあって、知らないうちに交わりの障害であったあれやこれが解決していることに気付く。

見よ、兄弟たちが一つになって共に住むことは、
なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。
それは頭の上にそそがれた尊い油のようだ。
それはひげに、アロンのひげに流れて
その衣のえりにまで流れしたたる。
それはまたシオンの山々におりる
ヘルモンの露にも似ている。
主がそこに、
とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。
(詩篇133)

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